6月30日(日)

またまた少年犯罪ドキュメントをやっていた。

(少年の時に人を殺した)「加害者も人間なんだ」「過去に罪を犯した私たちも社会に出てもう一度生きてみたいんだ」「加害者が死んだからといって被害者は生き返るわけではない。死刑というもので何が解決するのか」といった 言い訳をする犯罪者をよく見るが、加害者が自ら「人を殺したのだから私が死んで償うのは当然だ。」と考えていないのならば、それは自分の犯した罪を認識しているとは言えない。死が恐ろしいのは分かる。その恐怖から逃れる方法は簡単だ。最初から殺しさえしなければ別に自分が死ぬ事もなかったのだ。

盗んでも犯しても殺しても生きていくのが人間だというのは、それは文学的な意味においてはそうかも知れないが、文書化された法律の存在する社会ではなかなかそうも言ってられるわけもない。もし法がそれを裁かないのなら、社会自体にそれを裁かせねばならなくなる。つまり被害者の遺族の復讐を容認したり、集団によるリンチを認めねばならなくなってしまう。こちらも少なからず文学的な解決法を用いらねばならない。犯罪を裁かずに集団生活をするのは不可能だからだ。

「罪を憎んで人を憎まず」。この議論の際によく出される言葉である。「時計じかけのオレンジ」で主人公は暴力が使えないよう洗脳されて社会に戻されるが、過去の被害者達にリンチを受けてしまう。死刑の廃止や犯罪者の更生ばかりを訴える人達は、それによって導き出される結果を計算に入れていない。

「盗んでも犯しても殺しても生きていくのが人だ。」というのは警察に捕まる前までの話。捕まったらぜひ死んで欲しい。

6月28日(金)

「陰陽師」観る。恐ろしくつまんない。前半はいいのだが後半ボロボロ。陰陽道で戦えっつーの。野村萬斎ひとりが猛烈にかっこいい。惚れた。

6月27日(木)

「犬神家の一族」「悪魔の手毬唄」「獄門島」「八つ墓村」「女王蜂」観る。何度観ても「犬神家」と「悪魔の手毬唄」は凄い。あの雰囲気怖すぎる。よくぞ横溝正史をかくも映画化し切ったものだ。市川崑偉い。

6月21日(金)

K-1vsPRIDEにもの申す。猪木ボンバイエルールがまるで「勝負よつかないでくれ」と願うスポンサーや代表の思いを反映するかのごとくに中途半端すぎて、引き分け(判定無しなので)試合ばかり。客も盛り下がりつつある昨今。

よく人が、安岡力也と和田アキ子はどちらが強いのだろうと考えた時にそのルールは「ケンカ」という共通ルールである。が、平泳ぎとクロールはどっちが速いのだろうと言ったときは、片方が平泳ぎで、もう片方がクロールで競争しなければならない。

ミルコvs藤田のどっちが強いか、といったときに共通ルールを設定するのはいいが、K-1とPRIDEはどっちが強いのか、と考えるときはもはやルールの強さ比べなわけで、つまりより多くの技を使っていいPRIDEの方が強いに決まってる。

今のところK-1の選手は相手タックルを切るだけで寝技には対応できていない。技的にK-1対PRIDEと呼べる見た目にはなっている。しかし3分ラウンドでは寝技で決める事は困難だ。従って今のルールはK1対PRIDEではない。

それにしても今日ビデオ出てきて見直したんだけど、高田延彦とベルちゃんは本当に最低の男だな。合コンでももう少しタッチするっつーの。怒りを思い出してしまったよ。闘志無き者は去れ。

6月19日(水)

山本直純死す!オーケストラがやって来た。オーケストラがやって来た。もうオーケストラはやって来ない。もう日本のどの町にもオーケストラはやって来ないのだ。

6月12日(水)

巨人ナンシー関逝く!なんてこった、ナンシー関のいない世の中なんて!潤いが無さ過ぎて死んじまうよ。天才文章家にして世界で一人の消しゴム版画家。その綿密にしてファンキーな文章に、見事な消しゴム版画に、随分笑わされた。あんな人はもう2度と現れまい。

6月8日(土)

くるりライブで日比谷野音。野もティーの招待でゆっきーとゆっきーのダチと3人タダ。えらいかっちょ良かった。くるりにはビルの合間の公園での野外ライブが良く似合う。

日比谷野音の入り口前には屋台が何件か出ているが、350mlの缶ビールはおろか、発泡酒も氷結果汁も全部一律¥400で売っているというメチャクチャな商売なのだ!カプセルの高い自動販売機でも¥200で売ってるのに!しかも入場してみたら店が中にあって、そこの方が¥100安いのであった。日本酒もあるし。野音に行くときは駅から酒を買っていくように。とんでもない人達の収入源になるのでバカ高いトウモロコシとか焼きそばとか、買わないよーに。

6月7日(金)

慶興出動。竹ちゃんから念願のCSで放送された「雲霧仁左衛門祭り」のビデオ受け取る。未放送分は2本でなく3本だった。当時のTV雑誌には確か「雲の巻」「霧の巻」で終わっていたのだが、タイトルも変わってる。久々に聞くテーマ曲のカッコ良さに感動。思えばこの日記の第1回目で最初に書いた愚痴がこの打ち切り事件だった。(ラボ不条理日記:第1回2000.4.11参照。)打ち切ったまま再放送もせずにCSに版権を売ったんだなフジめ。

いや何度観ても、山崎努、池上季実子、石橋蓮司、本田博太郎、山田辰夫、最高です。

「雲霧」全話観てそのカッコ良さに竹ちゃんも大喜び。ざまーみろ。

6月4日(火)

ドラッグで行き着く先や密教、霊体験やUFOはつまるところオカルトの話だ。フロイト・ユング以前の心理学もオカルトだった。オカルトと聞くと敵意を抱いてしまう習性の人にオカルトの楽しみ方を伝授したい。

オカルトというのは認知学の問題だ。

「アフリカの白い呪術師」からのエピソードを紹介しよう。近代文明社会を捨て、一握りの塩とナイフだけを持ってアフリカのジャングルに入った青年ボーシャは長く森を彷徨う。沢山の毒蛇と遭遇し、岩山でピューマと対面する。襲いもせずにピューマは去っていく。すぐ下の原住民の村に辿り着いた時、おまえはピューマに選ばれ導かれたのだと言われる。まだ文明社会の考え方を捨てきれない主人公に村の長は言う。この村で生まれ育った人間でさえピューマに1度も会わずに死んでいくヤツは多い。なのにおまえはどうしてピューマに会った事を偶然だといえる?

6月3日(月)

時代は変わった。私が小学2年生の時に親父が隠し持っているのを読んだビニ本のヌードグラビアはヤーさん絡みの年増ばかりで中身の方はエロ劇画だった。「プレイボーイ」の広告には女性の乳首の所に何故かいつも★マークが付いていた。「スコラ」や「GORO」ができて普通の本屋にヌードが平気な顔して並ぶようになった。レンタルビデオができてAVが登場、ブルーフィルムや裏ビデオと違って画像も綺麗だし女優も若かった。「顔射」や「駅弁」なんて無駄なものも流行る。だが殆どの女優は擬似ファックだった。そして今。女優の質はTVのアイドルを超えてしまい、全員が本番をしている。

それなのにAVはいまだに女優がイってもいない作品を撮り続けているのはいかがなものか(ムネオ)。マスターベーションの手助けにもなるかどうかの作品を量産し、青少年に性の深遠を伝えるプロの作品はめったに撮られない。加藤鷹作品のようなガチンコ物がもっと生まれる事を切に望む。ストーリーのあるポルノ映画ともアイドルの水着、コスプレDVDとも違うAVでしかできない学術的なな分野を開発していって欲しい。消耗品であるAV界にも、いつまでも繰り返し観られる作品がそろそろ生まれてもいい頃ではなかろうか。

6月2日(日)

今日はまたエロの話で申し訳ない。

つくづく宗教、SEX、ドラッグに関するものが一番面白いなあと思うのだが、それは一般人に伏せられた情報である事からくる新鮮味に他ならない。伏せられてるし、未だ公には研究されていない。社会のタブーとされるものだからだ。実践しなければ研究することができず、実践するものは学者としては認められない。昔、宗教学者中沢新一が東大を追われた事件からもそれは明白だ。しかし学者であり実践者である人物は存在するのである。

SEXに関しては、私の知る表のプロが皆さんご存知のAV男優加藤鷹で裏のプロが「セックスメート氏」こと山村不二夫だ。「セックスメート氏」というのはスワッピングネームだ。一般には「夫婦交換」とされるスワッピングだが、山村氏の活動はしばしば依頼してきた夫婦の奥さん対山村氏である。スワッピングは単なる乱交パーティーではないのだ。お互い性欲を持ち続けている夫婦なら、またもし恋愛感情をも持ち続けている夫婦なら、SEXの問題は直視せざるを得ない。彼等は山村氏の知識と技術を必要とするのだ。山村氏は、ときに試すように挑戦的で自信満々な夫の前で細君を百回もイかせ、ときに作家・川上宗薫と「潮吹き議論」の書簡を交換し、ときに冷感症の女性や他人に調教されてしまった女性等を助けるために相談を受け、弁護士や医者の手配をし、スワッピングの実施に出張するのである。彼は正式に性の相談電話を設置し、その番号も本に載せている。

エピソードをひとつ紹介しよう。金持ちの男に美しいお嬢さんとの縁談話が持ち上がった。彼女に好きな男性がいる事を彼は知っていたし自分の容姿と彼女が釣り合わない事を自覚していた。しかし両家の縁談はとんとん拍子に進み、2人は夫婦となった。それから数十年。旦那は懸命に妻を愛した。セックスメート氏が「妻に本当のセックスをプレゼントしたい」との依頼を受けた時、やはり旦那の容姿に比べて細君の美しさは今でもハッとするほどだったという。部屋に入ってプレイを始めたセックスメート氏は、おや?と思った。首筋から背中、乳首と何処を触れても充分なほど開発されており、夫の傲慢なセックスに女を開発されないままいるような細君を相手にする事も多いセックスメート氏にとって、それは旦那の細君に注いだ愛情の深さが痛いほど伝わってくるのだった。プレイを終えた後、セックスメート氏が「素晴らしい御主人ですね。」というと、細君は、「はい。」とうなずいて、はにかみながら微笑んだという。

6月1日(土)

「トミダノ股割レ」とは。

91年三重県、飲みかけのココアを残して8歳の少女が自宅から消えた。その3年後、親あてに1通の手紙が届く。わざと下手に書いたような文字で「ミゆきサンにツイテ」。本文の抜粋はこうだ。

「ミユキ カアイソウ カアイソウ おっカアモカアイソウ お父もカアイソウ コンナコとヲシタノハ トミダノ股割レトオモイマス」

みゆきちゃん(本当はゆきちゃん)をさらった犯人はトミダノ股割レだと思うと手紙はいう。それはいかなる人物か。

「股ワレハ 富田デ生マレテ 学こうヲデテシュンガノオモテノハンタイノ 、パーラポウニツトめた イつノ日か世帯ヲ持チ ナンネンカシテ裏口ニ立ツヨウニナッタ イまハー ケータショーノチカクデ四ツアシヲアヤシッテイル」

「ヒル間カラ テルホニハイッテ股を大きくワッテ 家の裏口ヲ忘レテ シガミツイタ。モウ股割レハ人ヲコえて、一匹のメスにナッテイタ。感激ノアマリアヤサンノイフトオリニ動いタ。ソレガ大きな事件トハシラズニ、又カムチャッカのハクセツノ冷タサモシラズニ、ケッカハミユキヲハッカンジゴクニオトシタノデアル」

股割レは女。愛人のアヤサンとの愛欲の果てに彼の言うがままに少女をさらって極寒の異国へ売ってしまったらしい。どうやら手紙の主は股割レ本人のようだ。

「ダッタン海キョウヲ、テフガコエタ、コンナ平和希求トハチガウ ミユキノハハガカ弱イハネヲバタバタヒラヒラ サシテ ワガ子ヲサガシテ 広いダッタンの海をワタッテイルノデアル」

さらわれた娘を思う母の気持ちをダッタン海峡を渡る蝶に例えてポエムする股割レ。

「ヤツザキニモシテヤリタイ股割レ。ダ。ミユキガカアイソウ 我ガマタヲ割ルトキハ命ガケ コレガ人ダ コノトキガ 女の一番トホトイトキダ」

殺しても足りない股割レ。つまり私。しかしこれが女なのだ。命をかけた女の生き様なのだと、女の情念を声高に叫ぶ股割レ。

股割レの手紙全文は「公開捜査・消えた子供達を捜して!−続発した行方不明事件の謎−」(二見文庫)にある。入手済み。

HOME