むしろ
生かす事こそが
イデの
為すべき事では
ないでしょうか
伝説巨神

イデオン

接触篇/発動篇

監督:富野喜幸

そう神に問いかけて、シェリルは死んでいった。

小学校の時友達と、生まれた時からの記憶にある中で、あれは面白かった感動したと、初めて作品として認識したアニメは何か、という話になった。私は「無敵鋼人ザンボット3」だ、と即答した。トリトン、ライディーン、そしてザンボットと私の好きな作品の監督は何故かいつも富野喜幸という人だったのだが、勿論スタッフの名前などを知るのは、後にガンダムが流行った頃になる。

この監督の作品はとにかく大量の人が死ぬ。ザンボットなんかレギュラーキャラクターである女の子の友達が敵にさらわれて人間爆弾にされるのだが、爆弾が摘出される事もなく主人公の前で本当に爆死してしまう。70年代の映画やドラマはとにかく人が、仲間が、そして主人公がよく死んだ。松田優作も仕掛け人もラストには犬死にしたものだ。そんな70年代が大好きだった私は、今でも人が一人も死なないドラマを観る気がしない。

その点、このイデオンは全員死だ。全員死とはどういう状態かというと、2つの地球から始まって宇宙中に殖民している人類(ちなみにこれが宇宙の知的生命体の総てなのだが)、それが一人残らず死ぬ。気持ちいい。各々の死に様も、首が飛ぶ、顔面を撃ち抜かれるなどスカッとするものが多い。そして死に行く者達はみな、神の意思に対して最初は疑問を、後に理解を示して行く。

中2の時、3時間超の映画版を劇場で観終わった時、一緒に観ていた4人が誰も立ちあがれなかった。その怒涛の正統派SFに、思弁に感動していたのである。私は次の日から飯の最中も宇宙の事しか考えない人間になっていた。Betaのビデオを3万円で買い、毎日観続けた。気がつくと3時間分の台詞を暗誦できるようになっていた。私の人生に最も影響を与えた映画である。

この映画には、すぎやまこういち先生の音楽が必要不可欠なので、そこも堪能して欲しい。

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